#他のSNSに掲載した日記を再編集しました

先日の日記に書いた「新・戦国大名」について雑感です。

いちおうこのゲームを最後までプレイしたとはいえ、まだ1回しかプレイしていませんし、全てのルールの解釈が正しかったかどうかもわからないので、ゲームの評価自体は保留しておいて、ひとまず印象だけ。

鈴木銀一郎氏がマーチン・ワレスに傾倒しており、「新・戦国大名」も彼の影響を色濃く受けていることはわかりました(デザイナーズノートにも『帝国の闘争』が本作デザインのきっかけになったと記述されています)。

ワレスの巧妙な抽象化テクニックやテーマを絞り込んで鋭く磨き上げるデザインセンス、そして独自の戦略性を生み出す優れた構成力は実に見事なものです。しかし残念ながら「新・戦国大名」は、そのどれもがワレスの足元にも及ばないレベルの作品でした。

そもそも、このゲームはシミュレーションゲームなのか、それとも戦国時代をテーマにした戦略ゲームなのか、そのあたりの境界が曖昧で、焦点がぼやけてしまっているのが問題なのだと思います。

ユーロゲーム的アイデアを取り入れていながら歴史シミュレーション的要素の抽象化が不十分で、それらのつぎはぎ部分が透けてみえるかのようです。そのため、プレイヤーに何を楽しませたいのか、そしてデザイナーが何を表現したかったのかが伝わってこないという、いびつな構造のゲームに感じました。

先の日記にも書いたように、この日のゲーム自体は、同卓のメンツに恵まれたこともあって、それなりに楽しめはしましたけれども。かつて、旧「戦国大名」に心からハマった身として、今は何だか複雑な気持ちに包まれています。

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ところで、「新・戦国大名」のルールでやや混乱した用語に「ラウンド」があります。ラウンドとは、プレイヤー全員が順番に手番(3アクション)を行うことで、3ラウンドで1ターンと定義されています。ここまではいいのですが、アクションには「1ラウンドに1回しか行えない」という記述があちこちにあります。

ユーロゲーム的な文脈解釈をすると、「1ラウンドに1回」というのは、ラウンド中にあるひとりのプレイヤーのみが1回だけ行える、という意味になります。つまり、あるアクションを誰かが行ったら、その本人はもとより、後手番の他プレイヤーも、そのラウンドが終了するまで実施できなくなる、ということです。

ところが「新・戦国大名」では、この「ラウンド」という用語が混乱していて、本来の意味での「ラウンド(全プレイヤーが順番に3アクションずつ実施するサイクル)」の他に、単に「プレイヤーの手番」自体を表現しているようなのです。「ようなのです」と曖昧な書き方をしたのは、本当にそうかどうかが今のところは不明だからです。

ルールに抜けがいくつか見受けられるのも残念な点で、例えば「合戦」には「1アクションで1エリアのみ」という記述がどこにもありません。なので、敵対勢力と同一エリアに兵がいるエリアが複数あった場合、1合戦アクションでその全てに対して攻撃できるように解釈できてしまいます。

しかし、選択ルールの5(14.5)「最終合戦」には、「自分と他プレイヤーのユニットが存在するエリア全てで合戦が行える」と書いてあるので、通常の1合戦アクションでは1エリアを選択して攻撃するのでしょう、たぶん。

他にも「パス」アクションがないから必ず何らかのアクション3回を実施しなければならないのだろうかとか、維持費の支払いは任意なのか義務なのか等々、全部で12個ほど質問を、現在出版社へ出しているところです。