~「狼と香辛料」第1巻P80より引用~
ライトノベル「狼と香辛料」は、中世ヨーロッパ風の架空の世界観と、その世界での行商人から見た経済の設定とが極めて綿密に作り上げられているファンタジーです。上の引用文は主人公ロレンスが述べたセリフのひとつで、これは為替のシステムそのものです。このような経済的概念が、ただのウンチクではなく、物語を構成する主要素となっているのが「狼と香辛料」の大きな特徴のひとつです。
「狼と香辛料」でロレンスは行商人です。荷馬車を使い、街から街へと商品を売買することを生業としています。簡単に言えば、モノを安く仕入れて高く売り、その差額が儲けになるわけです。
行商人が扱う「商品」は、買うにしても売るにしても、それがどのようなものであれ街ごとに相場があります。これらの相場は、人づてに情報収集を行う描写があります。同業者同士のつながりはあらゆる意味で有益なのです。
なお商品に相場があったとしても、その価格は確定的なものではなく、具体的な金額は取引の場で対面による商談を行うことによって決まるようです。
行商人が効率的で割の良い行商を行うには、より多くの経験を積んで、多くのノウハウを身につけなければなりません。ロレンスも12歳で師匠に弟子入りし、18歳で独立、現在25歳で6年ほどの経歴(1巻時)があり、物語の中でも豊富な知識を披露するシーンがあります(もっともそれは、師匠譲りの知識を暗記しただけのようですけど)。
また行商人は長くキャリアを積み上げることで社会的信用も増します。商人による取引は互いの信用が極めて重視されているのです。しかし細かい取り決めには契約書を使います。この世界には公的な機関によって契約の証人になってもらう公証人制度も存在します。
たいていの行商人は、街ごとの権力者たちが作り上げた法律にしたがった正当な取引を行っています。これを破ると裁判にかけられ、腕を切り落とされるほど厳罰に処されます。
しかしそれをうまくすり抜ければ莫大な利益を生むかもしれません。これに目がくらんで、あるいは他に窮地を切り抜ける手段がなくて、非合法な密輸に手を出すこともあります。
また、行商人はしばしば、理不尽な暴力に見舞われることがあります。行商人の目的は遵法な方法で資産を増加させることなのですから、本来はそのような手段を取ることはまずありえませんし、むしろこのようなトラブルは避けようとするでしょう。
しかし、望まなくても身に降り掛かって来た火の粉は振り払わなければなりません。自衛のために、少なくとも自分の身だけは守る手段を用意しておくものです。街から街へ大量の商材を持ち運ぶ行商人たちの腕っ節は、実は意外と強いものなんだそうです。
「狼と香辛料」はアニメ化された(現在は放送終了)ほど人気を誇る作品で、僕はそのアニメをきっかけにして原作を読み始めました。
そして読む進めるにつれ、「狼と香辛料」に書かれている経済的な設定やそれに関連する描写が、「Star Trader / SPI」に盛り込まれているゲーム的要素とが多くがシンクロしていることに気がつきました。
上に書いた「物流管理」「商品の価格相場」「価格差で利益を出す」「行商人としての経験」「社会的信用」「契約書」「公的権力の存在」「情報収集と対人関係」「ハイリスクハイリターンな非合法の密輸」「最後の手段としの暴力行使」等々は、実は「Star Trader」においても網羅されているのです。
残念ながら「Star Trader」には琥珀色の目をした獣耳少女は登場しません。しかし完成まで1ヶ月もかけてリライトした和訳ルールを読めば読むほどに、このゲームが行商人としての喜びや悲哀を余すところ無く体験することができる魅力的な環境に思えて仕方がありませんでした。
ルール分量の多さや所有者が限定されるなどのハードルは思いのほか高く、実際にプレイする機会を得るまでにもう少し時間がかかるかと思っていたのですが… なんと、こうしてプレイ意欲が高まっているところにちょうどつなきさんから「Star Trader」会セッションのオファーが入りまして、taroさんと共にこの日のゲーム会開催までとんとん拍子で段取りが決まってしまったのでした。
「Star Trader」。プレイヤーは6つの恒星系に点在する18の商品相場と4種類の投機商品(アイソトープ・超合金・モノポール・香辛料)について、刻々と変化する相場と思わぬアクシデントを乗り越え、より多くの資産を蓄えることを目指す、大規模で精密な交易ゲームです。このゲームが発売されたのは1982年で、今から26年も前のことです。しかもこれは雑誌の付録ゲームでした。独創的で他に類を見ない交易メカニクスは一部で熱狂的な支持を得ましたが、この作品は単体で発売されることもなく、残念ながらこの名作は歴史に埋もれてしまいました。
このエントリーでは、この「Star Trader」を丸一日かけてプレイしましたので、そのご紹介を含めてレポートしたいと思います。
Star Trader / SPI
倉庫を探したら3冊もありました。3人。
29日(土)は、千歳烏山はゲーム倉庫にて、「Star Trader / SPI」をプレイしました。集まっていただいたのは、つなきさんとtaroさんで、僕を入れて3人でプレイとなりました。
「Star Trader」は行商のゲームです。ボードには6つの恒星系が描かれていて、プレイヤーは各恒星系の市場で取引を行うことで利益を目論みます。それぞれの恒星系には、最大で4種類の投機商品を取り扱う市場があります(商品が1種類のみの恒星系もあれば、4種すべてある恒星系もある)。その市場で取り扱われる投機商品の現在の相場価格は、商品ごとにマーカーによって示されます。
例えば上記は、4種類すべての商品を取り扱う市場を図式化してものです。この市場では、その商品のひとつである「Alloys(超合金)」の相場が「8」であり、同じく「Spice(香辛料)」が「10」であることを示しています。商品相場表は「1」~「20」まであって、その間で相場価格が変動するという意味です。そして相場が変動すれば、相場マーカーもその価格のマスに移動するわけです。
さて、相場マーカーには「SD」と書かれたキーワードがあります。ルールでは「S/D」となっているので、以後、そう表記します。この「S/D」とは 「Supply(供給)」と「Demand(需要)」のことで、市場における価格変動や取引価格を決定するための重要な指針値です。
S/D指標(S/D Index)について基本的な概念を説明しましょう。S/D指標は「プラス」か「マイナス」(あるいはゼロ)を示します。S/D指標が「プラス」の商品は市場に豊富にあり、それは市場にとって「供給(Supply)」状態であることを示します。供給、つまり売りに出されているわけですから、プラスの値が大きければ大きいほど、より多数の商品が安価で入手可能であるということです。
逆にS/D指標が「マイナス」の商品は市場で不足していて、それは市場にとって「需要(Demand)」状態であることを示します。つまり商品が不足していて買いたいという人が多いわけですから、この値が低ければ低いほど、より多数の商品を高価で売却可能であるということです。
さて、ではこのS/D指標をどのように使って商品価格の変動を行うのでしょうか? それには「S/D Track(S/Dトラック)」という表を使います。S/Dトラックは以下のような表です。
S/Dトラックの上の段には「S/D Index(S/D指標)」、下の段には「Price Modifier(商品相場修正値)」が書かれています。「S/D指標」は-18~+18まであり、それに対応する「商品相場修正値」は+7~-6まであります。上の図は、「S/D指標」の-7~+7付近を抜粋したイメージです。
基本的な商品価格の変動について、S/Dトラックを使って行うには以下のようにします。まず、2D6のダイスを振ります。そしてその目の合計に、該当商品の「S/D修正値」を加算します。この結果に一致する「S/D指標」値を示すマスの「商品相場修正値」が、その商品の価格を変動させる値になります。
文章だけではわかりずらいので、具体例で説明しましょう。
まず現在の相場が「5」となっている右のようなアイソトープの価格を変動してみます。見ての通り、このアイソトープのS/D修正値は「-9」です。
2D6のダイスを振った結果は「7」でした。これにS/D修正値の「-9」を加算します。
ダイス目「7」とS/D修正値「-9」を加算すると「-2」です。つまりこのアイソトープは市場で「需要」状態であるということです。端的に言えば、欲しがっている人が多いということを表します。
そしてS/Dトラック上のS/D指標値が「-2」のマスを参照します。そのマスに書かれている商品相場修正値は「+1」でした。買いたいという人が多いのですから、必然的にその値が上がったということです。
したがって、このアイソトープの価格は「5」から「6」へと上昇します。
このように、各商品市場のS/D修正値を見ることによって、相場がどのように変動していくかの予想を立てることが出来るのです。
この価格変動は、プレイヤーがその商品の買い付けや売却を行わない場合に行われるものです。それでは商品が売買の対象になったらどうなるでしょうか? それについてはまたエントリーを分けて説明しようと思います。
http://www.boardgamegeek.com/game/3534
コメント
コメント一覧 (6)
ま、琥珀色の目をした獣耳少女が出て来ないならいいか!
許してくりゃれ。
あ、しかしですね、Star Trader にはエージェントというルールがありまして、これはプレイヤーにとともに行商を行い、特殊効果を持っている心強い仲間なんです。ということはこれもまた「狼と香辛料」との共通要素ですね。
ニュースチットは40枚しかないので、何回もやっちゃうと覚えてしまうんですよね。このあたりはしょせん雑誌の付録ゲームなのでしょうがないかも。ニュースチットを自作するか、別の方法(アイデアはあります)で解決するしかないかな、と思っています。
読んでいたら、ムラムラと再戦意欲が湧いてきました。次は『武具が暴落』したら、『金の密輸』に挑戦したいと思いますです、はい。
ぜ、全部読んだのですか。僕はのんびりとまだ3巻目です。一気に読むのがもったいない気がして、同じところを何度も読んだり、前の巻を読み直したりしています。このエントリーで「狼と香辛料」に興味を持ってくれるた人が何人かいたのは本当にうれしいですね。
再戦についてはスケジュール調整中です。仕事だのプライベートだのしがらみがあって難航中。