moon Gamer

久しぶりに会った彼女は、しばらく他愛もないおしゃべりをしてから少しまどろんで、その少し後、空を見上げるような仕草ですっと顔をこちらに向けたかと思うと、前髪を風に揺らしながら唐突にこう僕に尋ねた。「覚えている?」。それは他愛もないひとつの遊び。僕が作ったゲーム。彼女と遊ぶために、そして彼女の気を引くために、即興で考えたつぎはぎだらけのつたないルール。

反射的に、よく覚えているね、とは言ったけれども、この瞬間まで僕はこの"ゲーム"のことをすっかり忘れていた。一拍おいて海馬の底からあの記憶が引きずり出されて、そこでようやく僕は、なぜこのことを忘れることにしておいたのか、その理由までも思い出した。その時、きっと僕の顔は赤く染まって、だからそれを見た彼女はくすくすと笑った。何となく、恥ずかしかった。

またやってみようよと彼女がとんでもないことを言った。僕はわざとらしく腕時計を見やって、もう時間がないからまた今度と、まるでウソをつく子供のようにぎこちない笑顔を浮かべ、たくさんのまばたきをしながら目線を合わせずに言った。"今度"だって? 自分でそう言っておいて僕は、もうあんな機会は二度と無いだろうと思った。だからこそ、その言葉を無意識に選んでしまったのかもしれない。

ほんの少しの間、僕の顔を眺めていた彼女は、そうね、と、何もかもわかったような顔をして少しうつむく。ふわりと前髪がまた揺れた。そうして彼女は、またね今度だねと、ありえないことをふたつ呟いて、前を向いて静かに歩き出した。僕はその少し後をついてゆく。人があふれて幸せなざわめきが広がる街の中、僕たちはたったひとつの思いを共有しながら、残り少なくなった時間を持て余した。